仙台地方裁判所 昭和37年(行)2号 判決 1962年10月30日
原告 大津熊次郎 外八名
被告 川崎町議会・川崎町長
主文
本件訴を却下する。
訴訟の総費用は原告らの負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は、「被告川崎町議会に対し、昭和三五年七月一二日川崎町議会第六回臨時会においてなされた議案第四四号助役選任に関する同意を求める件についての議会の同意は無効であることを確認する。被告川崎町長に対し、同町長が昭和三五年七月一四日留守哲山を川崎町助役に選任した行為は無効であることを確認する。訴訟の総費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告らはいずれも川崎町議会議員で、その身分に基き法律上一身専属的に発議権、質疑権、討論権、表決権、報酬を受ける権利等を有するものであり、且つ川崎町内に在住する住民である。
二、昭和三五年七月一二日第六回町議会臨時会において、原告らの質疑権、討論権、表決権は以下述べる理由によつて不当に侵害された。すなわち
(1) 同議会は議員二〇名が出席して開かれ、議題として議案第四四号助役選任に関する同意を求める件が提出され、町長佐藤佐之助が提案理由の説明に立つた。それが終るや否や、議長嶋津伊祐は地方自治法および川崎町議会々議規則を無視し、議員の質疑討論に付することなく、全く独断で、直ちに投票による採決をなす旨を宣し、各議員が議事の進行についての発言を求めても、これを無視し、独断で立会人を決めて投票を行わせ、その結果を勝手に調べて、「議長は町長の推せんした者に賛成致します。よつて本件は決定致しました。」と宣した。
(2) そのため、過半数以上の議員が異議を唱えて発言を求め、投票の結果の発表を迫つたところ、議長は「取消しを致します。議長が町長の推せんに賛成することを取消します。」と前の宣言を取消し、その後「反対八票、賛成八票、白票三票と相成つておりますので、議長はこれを裁決して、留守哲山君を助役として選任することに同意したのでございます。よつてこの第四四号議案は決定致します。」と告げた。
(3) しかし、右議事の審議方法は地方自治法第一二〇条に基く川崎町議会々議規則第三二条第三五条に違反するばかりでなく、著しく客観的にその妥当性を欠き、条理に反した違法なものであるから、右議決は無効である。のみならず、その表決は地方自治法第一一六条にいわゆる「出席議員の過半数」に基くものではなく、また同条にいわゆる「可否同数のとき」にも該らない。すなわち、議長を除き表決に加わつた出席議員は一九名であるから、その過半数は一〇票である。本件の場合は議長の裁決権を一票として九票にしかならない。また可否同数のときとは可否それぞれが出席議員の半数である場合をいい、白票を除いて可否同数の場合は、同条にいう可否同数のときには該らない。本件の場合は白票が三票あり、賛成八票、反対八票であるから、可否同数のときに該らず、議長が裁決を行い得る場合ではない。従つて議長の裁決によつてなされた本件議決は違法であつて無効である。
三、次に、本件の場合、反対票が八票ということは到底考えられないことで、結果発表までの間に何者かによつて反対票一票が賛成票に改ざんされたものと思われる。従つて本件議決はこの点よりするも、当然無効である。
四、被告川崎町長は昭和三五年七月一四日議会の適法な同意を得たものとして、留守哲山を同町助役に選任した。しかし議会の右議決は無効であるから、右議決が有効であることを前提としてなされた右助役選任も亦無効である。
五、そこで、原告らは川崎町議会議員として、前記諸権能の正当な保障を求めるとともに、川崎町内に在住する住民として、被告川崎町議会の議決および町長の助役選任行為の無効確認を求めるため、本訴に及んだ次第である。
六、なお被告川崎町議会の前記助役選任同意議決については、昭和三五年七月一九日原告大津熊次郎が単独で川崎町議会議長に対し異議の申立をなし、同年八月一九日右異議を棄却する旨の裁決書の交付を受け、更に同年八月二七日右原告は宮城県知事に対し訴願をなし、同年一一月三〇日右訴願を却下する旨の裁決書の交付を受けたものである
と陳述し、被告らの本案前の申立および答弁に対し、
一、被告らは、本件議会内部の意思決定で外部に対して効力を持たないから、訴訟の対象とはならない旨主張するが、地方自治法第一六二条の助役選任に関し議会の同意を求める議案の発案権は地方公共団体の長に専属し、議会は右議案に対しその諾否を決するに過ぎないものであり、これを実質的にみれば、助役選任の効力は議会の同意によつて直接且つ確定的に発生するものといい得るから、右議決は単なる議会の内部的意思決定に過ぎないものと断ずべきではない。また、地方自治法第一七六条は地方公共団体の長と議会との関係を規定したものであることはいうまでもないが、第三者の出訴を禁ずる趣旨でないことも亦明らかである。なお、行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる「行政庁」には地方公共団体の議会も含まれるものと解すべきであるから、議会の違法な議決に利害関係を有するものは、地方公共団体の長において出訴したと否とを問わず、自らその取消変更を求める訴を提起することができるものと解すべく、このことは憲法第三二条、第七六条第一項、第二項、行政事件訴訟特例法第一条の規定に徴して明らかである。そして本訴は被告川崎町議会の議員である原告らが提起したものであるから適法である。
二、更に、被告らは議会内の秩序維持はその自律権に委ねられているから、司法権の介入を許すものでない旨主張するが、自律権があるというだけで、直ちに司法権が介入し得ないものと考えることは誤りである。議会の議決はすべて地方自治法およびそれに基いて制定される議会規則等の諸法規に適合し、条理にも反しないものでなければならず、もし、議会がこの点につき誤りを犯したときは、裁判所によつて是正され、違法なきことの保障が確保されねばならない。本件の議決は法の適用を誤つた違法なものであるから、当然裁判所に救済を求めるよりほか途なきものである。
三、被告ら主張の議案四四号が議会に上程され、町長が提案理由を説明した後、議長は「人事に関する案件であるので、質疑応答を省略したらどうか」と問うたところ、賛成多数であつたので、これを省略し、投票に入つたとの事実はこれを否認する。
と述べ、
被告ら訴訟代理人は、
本案前の申立として、主文同旨の判決を求め、その理由として、助役の選任手続を規定する地方自治法第一六二条における議会の同意は普通地方公共団体の内部的意思決定に過ぎず、それだけでは住民の権利義務に直接影響を与えるものではないから、その無効確認を訴求することは許されず、これを前提として被告川崎町長のした助役選任の効力を争うこともできない。また、助役選任に対する同意に関する町議会の議決、および町長の助役選任については司法権が介入すべきではなく、議会の自律に委ねらるべき問題で、行政訴訟の対象とはならないから、本件訴は不適法としてこれを却下すべきである。
と述べ、本案につき、請求棄却の判決を求め、請求原因に対する答弁として、
原告主張事実中一の事実は認める。同二の事実のうち、昭和三五年七月一二日に第六回町議会臨時会が開かれたこと、同(1)の同議会には議員二〇名が出席し、議題として議案第四四号助役選任に関する同意を求める件が提出され、町長佐藤佐之助が提案理由の説明に立つたこと、右議案に対し質疑応答を省略して投票に入つたこと、同(2)の議長が反対八票、賛成八票、白票三票と相成つておると告げたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は否認する。議案第四四号について質疑応答を省略したのは、佐藤町長が提案理由を説明した後、嶋津議長が、人事に関する案件であるので質疑応答を省略したらどうかと問うたところ、賛成多数であつたので、これを省略し投票に入つたものである。そして、投票の結果は反対八票、賛成八票、白票三票となつたので、議長は留守哲山を助役として選任することに同意する旨裁決し、かくて第四四号議案は決定したものである。なお地方自治法第一一六条にいわゆる「可否同数のとき」とは可否それぞれ出席議員の半数である場合と解すべきでなく、白票を投じた者その他明確に可否の意見を表示しない者を除いて、可否それぞれ同数である場合をいうものと解すべきであつて、議長の採決には瑕疵はない。同三の事実は否認する。前記議会は川崎町公民館で開かれ、同日は報道関係者も議場におり、且つ開票は二人の議員が立会人となり、議会事務局職員佐藤有一によつて行われたもので、投票用紙が改ざんされるなど常識上到底考えられないことである。思うに、前記議会の開かれた前日、原告ら九名が集り、九名結束して反対することを申合せたにかかわらず、前記のように、原告らの中の誰かが白票を投じたのであるが、ことの成行上真実を打明け得ず、自分も反対票を投じたと虚言を弄しているものと考えられる。同四の事実のうち被告川崎町長が昭和三五年七月一四日留守哲山を同町助役に選任したことは認めるが、その余の事実は否認する。しかして、本件助役選任手続には何らの瑕疵もないから原告らの請求は失当である。
と述べた。
(証拠省略)
理由
一、先ず、原告らは昭和三五年七月一二日被告川崎町議会の第六回臨時会に上程可決された議案第四四号「助役選任に関する同意を求める件」の議決手続に瑕疵がある旨主張して、右議会に対し議決の無効確認を求めるので、その訴の適否について判断するに、およそ、地方公共団体の意思決定機関に過ぎない議会の議決は、議員の懲罰等の場合を除いては、一般にその地方公共団体の内部的意思決定たるにとどまり、それ自体、未だ法律関係を直接形成変更または確定せしめるような効果を生ずるものではないから、議決そのものは行政訴訟の対象たる行政処分とはいえず、地方公共団体の長が行政庁として行う行政処分の前提要件たる関係を有するに過ぎないものというべきである。そして、本件町議会の議決については地方自治法第一六二条において「助役は普通地方公共団体の長が議会の同意を得てこれを選任する。」ことになつているから、右議決はそれ自体行政処分ではなく、町長が行政処分を行う前提要件たるに過ぎないものである。のみならず、議会は普通地方公共団体の意思決定機関であつて、法律関係の主体ではないから、地方自治法第一七六条第七項のように法律に特別の規定のある場合のほか、裁判上自己の名において訴え、または訴えられる権能を有しないものと解すべきである。
そうだとすると、議会に対し、議決の取消または無効確認を求める訴は、右のいずれの理由よりするも、許されないこと明らかであるから、原告らの本件町議会の議決に対する出訴は不適法なものといわねばならない。
二、次に、原告らは被告川崎町議会の違法な助役選任に対する同意の議決に基き、昭和三五年七月一四日被告川崎町長が留守哲山を川崎町助役に選任した行為は無効であるから、右議会の議員並びに同町の住民としての立場から、その無効確認を求める旨主張するので、その訴の適否について検討するに、前述のように町長が町議会の議決に従つて執行をなしたときは、その行為は町の行為として法的効果を持つに至るのではあるが、右選任行為によつて生ずる法律上の関係は川崎町と相手方たる留守哲山との関係であつて、第三者には直接利害関係のないことであり、同町の住民の具体的な権利義務に直接関係あるものではないから、原告らは右選任行為の効力について争う法律上の利益を有しないものといわねばならない。原告らは被告川崎町議会の議員であるから、右選任行為の効力を争う利益を有するというのであるが、町議会議員は地方自治法の定めるところにより、議決機関たる議会の構成員として、町の意思決定に参与する諸権能を有するけれども、議員としてなし得る事項は地方自治法その他法律に定められており、これら法律の規定をはなれては、議員なるが故に、他の住民と異なる立場に立つものではないから、原告らが被告川崎町議会の議員であるからといつて、前記選任行為の効力を争う利益を有するものとはいゝ得ない。従つて、被告川崎町長のなした前記選任行為の無効確認を求める原告らの訴はその利益を欠き、許されないものといわねばならない。
三、以上の理由により、原告らの本訴はいずれも不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文、第九六条後段を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井義彦 鍬守正一 福嶋登)